連載:逆説的AI論
Vol.4
向井蘭(労働法に強い弁護士)×境目研究家・安田佳生
7Aug

境目研究家の安田佳生氏と労働法に強い弁護士・向井蘭氏もいよいよ最終回。労働法が専門の弁護士相手とあって、最後も中小企業のこれから、そして日本経済の行く末についての話題が中心となった。そこからみえてきた日本経済のすぐそこにある未来とは…。
倒産企業が増大する最低時給のトップライン
安田 最低時給が1200円になったら、潰れる会社が出てくると言われてます。
向井 生産性の低い会社とかお店は無理でしょうね。
安田 ところがゾゾの前澤さんは、いきなり1300円にしちゃった。
向井 頭いいですよね、前澤さんは。
安田 それだけの体力があるってことも事実ですけど。広告費を考えたら安いもんですよね。
向井 ニュースになって2000人のバイトが一瞬で集まって。ヤフートップにも出たし、何十億という広告費が浮いたんじゃないですか。
安田 でも、千葉であんなことされたら、困る会社は多いでしょうね。
向井 ものすごく困るでしょう。1000円じゃもう働かなくなるので。最低でも1100円ぐらいじゃないと来ない。
安田 「余計なことしやがって」という感じでしょうね。
向井 日本の経営者はおとなしいから言わないですけどね。声を上げると叩かれるのを知ってるから我慢してる。ジーっと。
サービス残業なしでは回らない病院の実態
安田 ウチの近所に有名な総合病院があるんですけど。労働法が変わってドクターに残業代ちゃんと払ったら赤字になったそうです。
向井 そういうことが頻繁に起こり出すでしょうね。
安田 ドクターがサービス残業しないと回らない仕組みなんですよ。こんな優良病院ですらそうなので、地方のちっちゃい病院は無理ですよね。
向井 絶対無理でしょうね。
安田 政府としては、病院を減らしたいんでしょうか?
向井 大病院と地方の小さな医院だけ残して、中間をなくしたいんでしょうね。
安田 官僚の人とかは、医者の残業状況とかも把握してるんですか?
向井 未払い残業のデータって、一切表に出てこないんですよ。
安田 そうなんですか!
向井 未払いが100件あったら、裁判所の判決になるのは何件だと思いますか?
安田 70件ぐらいですか?
向井 2、3件です。
安田 なんと!
向井 影には莫大な未払いがあって、それは官僚の人も知らないんですよ。
安田 じゃあ、やってみないと「何が起こるか分からない」ってことですか?
向井 はい。病院も赤字になったり潰れたり。壮大な社会実験じゃないですか。
安田 みんな医者に負担かけすぎなんですよ。ちょっとしたことで先生に文句言ったり。
向井 医療ミスとかするとすごい叩かれますからね。
安田 私は責める気にならないですね。医者も人間なんで。消費者が安くて過剰なサービスを求めすぎなんじゃないかと。
向井 そういう傾向は日本全体に蔓延してますね。
安田 中小企業も「安売り」しているから、給料を増やせないんですよ。残業代も払えない。
低賃金過剰サービスを続ける企業の末路
向井 中国って病院もお医者さんもランク付けされてるんです。で、そのランクによって値段が違う。高いところは朝から行列みたいな。
安田 健全な経営を守ろうとしたら、そうなりますよ。日本は安い上にサービスしすぎ。夜中でも対応するとか、医者が保たないですよ。
向井 でもまぁ、日本全体の国民性ですね。だって中国ではよく店員と客がケンカしてますから。
安田 ある意味そっちの方が健全ですよ。日本はお客にへりくだりすぎ。
向井 中国のお店へ行くと「ミョーな緊張感」がありますよ(笑)。
安田 ちなみに大企業は、生産性を高めるために「効率の悪い仕事」を下請けに出すじゃないですか。
向井 はい。
安田 そうすると一番下に、儲からない、しんどい仕事ばかりが、まわっていく。
向井 おそらく、だんだん業者が絞られて、生き残ったところがガーンと値上げすると思います。
安田 やっぱりそうなりますか?
向井 「2倍じゃないとやりません」とか。でないと会社が保たない。
安田 じゃあ、そこから中堅が値上げして、大企業も値上げする。
インフレ一直線の日本経済に待ち受ける厳しい行く末
向井 そうやって、インフレを起こそうとしてるんだと思います。
安田 でも一番上まで行っちゃうと、大企業は世界と競争してるから値上げするわけにもいかないでしょ。
向井 いや政府は値上げして欲しいんです。なぜかというと安すぎて、世界中から働き手が来ないから。
安田 でも、いまの時代って、安かったら海外製品を買っちゃいませんか?
向井 そっちに誘導してますよね。
安田 安くて良いものは海外から買えと。
向井 だって、北海道の農業とか、東北の漁業の現場には、もうほとんど日本人がいないですから。
安田 いないんですか。
向井 はい。だからいずれ滅びる運命。外国から買わざるを得ない。もちろん付加価値があるところは残りますけど。
安田 自給率とか言ってるけど、もういいよと。
向井 コメも美味しいじゃないですか、いまは中国も。昔はパサパサでしたけど。
安田 コメもいつまで自給率100%維持できるか怪しいです。
向井 高付加価値の商品を、少なくなった日本人で生産していく方がいいんですよ。自動車に関税かけられるとほんと苦しいので。
安田 じゃまずは中小企業が淘汰され、残ったところが値上げして、インフレになっていくと。
向井 はい。必ずインフレになりますね。
安田 それはいつごろですか?
向井 最低賃金が上がって東京が1100円になったら、すべての物価が上がり出す。あと3年後くらいじゃないですか。
安田 3年ですか。
向井 これは、どの政権になってもやると思う。飲食業なんて中小のチェーンは終わりですね。美容院も中小のチェーンは減るでしょう。値上げできるところだけが残る。
安田 今も、儲かってるところは高いですからね。
向井 「ホットペッパー見た人しか来ない」みたいな店は、地獄が始まります。(了)
【取材後記】
「これで大丈夫ですか」。対談後、ほぼ決まって安田氏と対談した人はそう言う。内容はバツグンに面白いが、「これってAIのメディアですよね…」とピンボケを気にするのだ。もちろん、AI視点でいえばそのものズバリではない。そもそも、この企画は、「逆説的AI論」のタイトルにあるように、あえてAIとは対極からアプローチしてAIの輪郭をあぶりだそうという趣旨。話のほとんどが、AIからずれていてもそれは間違っていない。では今回、何があぶり出されたのか…。実は結構深い問題が発掘されたように思う。それは、もはや国はこれまで日本経済を支えてきた中小企業に見切りをつけ、大企業と地方のインフラ的な零細企業のみを存続させ、大胆な合理化を画策しているということだ。一方でAI人材25万人の育成を打ち出している。つまり、産業構造の変化に対応すべく、かつての成功法則はバッサリ斬り捨て、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進を画策している。それ自体は間違ってはいない。とはいえ、中小の町工場の労働者が華麗にDXを実現し、復活する事例はあったとしても少数派だろう。AIが象徴するテクノロジーの進化による環境の激変。それに適応できなければ、生き残れない。逆説的なアプローチだからこそ、この輪郭があぶり出されたとするなら企画は成功だが、さすがに明るい気持ちにはなれない…。(×AI編集部)
全4連載「向井蘭(労働法に強い弁護士)×境目研究家・安田佳生」
Vol.1 残業=悪が標準になることで再編必至の中小企業
Vol.2 残業代未払いを甘くみる経営者の末路
Vol.3 中国がAIで日本をリードする決定的な理由とは
Vol.4 インフレに耐えられる企業だけが生き残れる時代へ
PROFILE

弁護士
向井蘭(むかいらん)
1975年山形県生まれ。東北大学法学部卒業。2003年に弁護士登録。現在、杜若経営法律事務所所属。経営法曹会議会員。企業法務を専門とし、解雇、雇止め、未払い残業代、団体交渉、労災など、使用者側の労働事件を数多く取り扱う。企業法務担当者向けの労働問題に関するセミナー講師を務める。
PROFILE

境目研究家
安田佳生(やすだよしお)
1965年、大阪府生まれ。高校卒業後渡米し、オレゴン州立大学で生物学を専攻。帰国後リクルート社を経て、1990年ワイキューブ設立。2006年に刊行した『千円札は拾うな。』は33万部超のベストセラー。新卒採用コンサルティングなどの人材採用関連を主軸に中小企業向けの経営支援事業を手がけたY-CUBE(ワイキューブ) は2007年に売上高約46億円を計上。しかし、2011年3月30日、東京地裁に民事再生法の適用を申請。その後、境目研究家として活動を続けながら、2014年、中小企業に特化したブランディング会社「BFI」を立ち上げる。経営方針は、採用しない・育成しない・管理しない。