連載:逆説的AI論
Vol.2
向井蘭(労働法に強い弁護士)×境目研究家・安田佳生
24Jul

境目研究家の安田佳生氏と労働法に強い弁護士・向井蘭氏との対談2回目は、引き続き中小企業のこれからについて話題が集中。見えてきたのは、人手不足をサービス残業で補填してきた中小企業に迫る、大きすぎる代償だ。
労働規制で得をするのは誰なのか
安田 固定給だと、できるだけたくさん働かせた方が得じゃないですか。
向井 経営者から見るとそうですね。
安田 働く側から見たら正反対ですよね。同じ給料ならできるだけ働かないほうが得。
向井 ですね。
安田 同じ給料で死ぬほど働いたら効率が悪い。それでいくと、この労働規制の流れを社員は歓迎してるんですか。
向井 歓迎してますね。特に20代30代は歓迎しています。安倍政権の支持率も高い。
安田 若者は「給料が高くて仕事のできないおじさん」に出て行って欲しいでしょうね。
向井 ハッキリ言うとそうですね。使えないおじさんを「何とかしてくれ」という感じ。あと経営者に対しても思ってる。
安田 経営者に対してもですか。
向井 使えない経営者は「早く去って欲しい」と思ってますね。
安田 でもオーナ社長は、どんなに無能でもクビにできないですよ。
仕事ができる人ほど転職するのはもはや止められない…
向井 だから、そういうケースは転職となる。
安田 なるほど。確かに仕事ができる子はどんどん転職してますよね。
向井 ガンガンしてますね。牛丼食べながら普通に求人サイト見てます。転職で年収が上がるケースも多いですし。
安田 その状態の中で、向井さんは企業側に立ってるわけでしょ。
向井 はい。難しい立場ですね。でも言うべきことは言わないといけないので。
安田 聞いてくれますか?相手は。
向井 いや、講演で今みたいな話をすると受けが悪いです。大体の経営者は沈黙しますね。
安田 実際、向井さんに頼めば、未払いとかも何とかしてくれるんですか?
向井 なんとかならないです(笑)。なんともならない。もちろん法律の範囲内では出来ますけど。
安田 じゃあ現状を受け止めて、手を打っていくしかないと。
向井 そうなんですけど、なかなかやらない。労働法を読まないから。
安田 なぜ読まないんですか?死活問題でしょ。
向井 中小企業の経営者は、労働法に近寄りたがらないですね。
安田 逃げてもしょうがないじゃないですか。
向井 勘はいいから薄々分かってはいるんです。だから安倍政権の悪口を新橋の居酒屋で吐き出して気持ちよくなって帰っていく。
安田 サラリーマンと同じですね(笑)。
向井 やってることは同じです。
残業代未払い請求の嵐で中小企業は大打撃
安田 でも現実は迫って来ますよね。辞めた社員から未払い請求が来るでしょ?
向井 すでに来てますし、未払い残業代が5年になるとバブルが起きます。
安田 消費者金融の「過払い金請求」の時みたいな?
向井 過払いの時も、最初は一部の詳しい弁護士しかやってなかったんですよ。
安田 何がきっかけでバブルになったんですか?
向井 最高裁のお墨付きがついてバブルになった。今回も5年請求できるとなったらバブルになります。
安田 みんなが一斉に過去の残業代を請求し始めると。
向井 法律で決まっちゃってますから。ツイッターとかヤフーニュースに出ると一発ですね。
安田 「時間では払いたくない」っていう社長さんはどうなりますか?
向井 そういう会社を真っ先に直撃します。そして潰れます。
安田 そういう社長さんって、裁判でとことん戦いそうですけど。
向井 いや、もう戦う気力がないですね。
安田 そうなんですか。
向井 以前は「最高裁まで争う」と言う社長さんも多かったですけど。
安田 そういう人たちは、どうなったんですか?
向井 裁判でどんどん厳しいこと言われて、だんだん元気がなくなっていく。うつ病になる社長さんもいました。
安田 なるほど。まあ、勝てませんもんね。
向井 勝てなくて「先生このくらいで終わりにしてください」みたいな。
安田 で、今は裁判に持ち込む気力もないと。
向井 今はもう、そんな元気はなくて「早く終わらしてください」「ちょっとでも安くして下さい」みたいな。
安田 払う気満々ですね。
向井 いや、「言われたら払わないとしょうがない」という覚悟があるだけ。
安田 もう覚悟しちゃってると。
向井 はい。だから今のお客さんは話が早いですよ。前はそれだけで打ち合わせの1時間はもめてました。
安田 そこら中から情報は入って来ますからね。
向井 見ないようにしても、ちらちら視界の片隅に入ってくるので。
安田 じゃあ、いざという時のために内部留保は置いてある。
未払い残業代請求はなぜ中小企業の脅威なのか
向井 今は、払えない会社は少ないですね。でも1、2年なら払えても5年になるときついです。
安田 2年だと、大体どれくらいの金額なんですか?
向井 たとえば、トラック運送会社の運転手、中距離で4トントラックだと300万~400万ですね。
安田 え!そんなに。
向井 全然払ってない会社だと、そのぐらいになります。
安田 じゃあ3人出てきたら1000万円超えちゃう。
向井 はい。でもそれ2年ですから。5年になると1人700万とか900万とか。
安田 5人でてきたら、もうギブアップですね。
向井 そうですね。破産を検討するしかないです。
安田 破産したらどうなるんですか。未払い残業代は?
向井 優先的に守られる部分もありますが、破産したら多くは回収できない。
安田 ですよね。
向井 以前は残業代を支払うよう訴訟を起こして、その結果倒産することもありました。けど、いまはネット広告で「完全成果報酬でやります」って言ってるので。
安田 倒産されたら困ると。
向井 はい。そういう弁護士さんは倒産されたら困る。だから交渉してくる。
安田 なるほど。交渉ですか。
向井 はい。いくらだったら払えるか、値引きして払わせる。
安田 どのぐらい値引きしてくれるんですか?
向井 即金で払ってもらえるギリギリの金額。
安田 それは弁護士さん同士で交渉するんですか?
向井 そうです。労働者の立場の弁護士と、企業側の立場の弁護士。訴訟をやらないで弁護士同士のやりとりが増えてます。
安田 今後もどんどん増えますよね?
向井 はい。ウチの事務所も大変です。パンクします。
安田 ちなみに未払いの案件って、月に何件くらいあるんですか。
向井 ウチの事務所で5〜10件は来てます。ただ、一件一件のノリがちょっと軽いです。
安田 ノリが軽い?
向井 前は「積年の恨みを晴らす」みたいな感じでしたが、今は送別会の翌日に内容証明を送ってきて「200万請求された」とか。軽いんです。
全4連載「向井蘭(労働法に強い弁護士)×境目研究家・安田佳生」
Vol.1 残業=悪が標準になることで再編必至の中小企業
Vol.2 残業代未払いを甘くみる経営者の末路
Vol.3 中国がAIで日本をリードする決定的な理由とは
Vol.4 インフレに耐えられる企業だけが生き残れる時代へ
PROFILE

弁護士
向井蘭(むかいらん)
1975年山形県生まれ。東北大学法学部卒業。2003年に弁護士登録。現在、杜若経営法律事務所所属。経営法曹会議会員。企業法務を専門とし、解雇、雇止め、未払い残業代、団体交渉、労災など、使用者側の労働事件を数多く取り扱う。企業法務担当者向けの労働問題に関するセミナー講師を務める。
PROFILE

境目研究家
安田佳生(やすだよしお)
1965年、大阪府生まれ。高校卒業後渡米し、オレゴン州立大学で生物学を専攻。帰国後リクルート社を経て、1990年ワイキューブ設立。2006年に刊行した『千円札は拾うな。』は33万部超のベストセラー。新卒採用コンサルティングなどの人材採用関連を主軸に中小企業向けの経営支援事業を手がけたY-CUBE(ワイキューブ) は2007年に売上高約46億円を計上。しかし、2011年3月30日、東京地裁に民事再生法の適用を申請。その後、境目研究家として活動を続けながら、2014年、中小企業に特化したブランディング会社「BFI」を立ち上げる。経営方針は、採用しない・育成しない・管理しない。