連載:逆説的AI論
Vol.1
向井蘭(労働法に強い弁護士)×境目研究家・安田佳生
17Jul

境目研究家の安田佳生氏が、逆説的にAIにアプローチする対談企画も第6弾に突入。今回は、労働法に強い弁護士・向井蘭氏がお相手。働き方改革法案の施行もあり、話はAIそっちのけで、中小企業の今後へと展開。そこから浮き彫りなったのは中小企業にとっての穏やかでない未来だった…。
人件費高騰で忍び寄る中小企業の危機
安田 向井さんは、「労働法にめちゃくちゃ強い弁護士さん」なんですよね?
向井 一応、そういうことになってます。
安田 で、それを前提にお聞きしたいんですけど。有休の取得義務化や残業規制が始まってるじゃないですか。
向井 始まりましたね。
安田 ZOZOの前澤さんが最低賃金を「ガン!」と上げたりして。
向井 前澤さんは上手ですよね。あっという間に2000人採用しちゃいましたから。
安田 ですよね。これだけ人材不足が叫ばれる中で。でも、あれで益々、あの地域のバイト採用は難しくなりましたよ。
向井 ですね。ゾゾが時給1300円という基準を作ってしまいましたから。
安田 中小企業はこれからどうなっちゃうんでしょうね。向井さんの顧問先とかどうしてます?
向井 うちに顧問料を払える会社は、まだ余裕があるんです。実は。
安田 それはどういう意味ですか?
向井 暗黙の了解があって、顧問契約って最初は税理士、次が社労士、最後に弁護士の順なんですよ。
安田 顧問を頼む順番?
向井 はい。で、切られるのは弁護士が最初。絶対いるかと言ったらいらないから。ちょっとしたぜいたく品なんです。だから切られるときは真っ先。
安田 なるほど。じゃあ弁護士に顧問料を払えるうちは、まだ余裕があると。
向井 そういうことです。
未払い残業代の請求が5年になる可能性も
安田 ところで向井さんは、「労働法に特化してる」ってことは、企業寄りなんですか。
向井 企業寄りです。僕は。
安田 何年かに遡って「未払い残業代が請求される」っていうニュースを見たんですけど。
向井 未払い残業代は2年に遡って請求されます。
安田 有給休暇はどうなんですか?
向井 有休も2年です。ただ未払い残業に関しては、5年に延長される可能性があります。
安田 5年ですか!
向井 5年になったら、これまで払ってない会社は潰れちゃいます。
安田 そりゃあ潰れますよね。
向井 でも頑として払わない経営者もいますよ。
安田 払えないってことですか?財政的に。
向井 何パターンかあるんですけど、よくある経営者の言い分は「時間に払いたくない」というもの。
安田 時間に払いたくない?時間で雇ってるのに?
向井 「成果と能力に払いたい。俺は時間に払いたくなんだ」って。
安田 そういう社長さんって、時間では拘束しないんですか?「成果あげてたら昼から来てもいいよ」って感じで。
向井 そこは別物ですね。「時間通りに来い。終わらないんだったら結果が出るまでやれ」と。
安田 言ってる側は「ちょっと自分勝手だなあ」と思わないんですかね。
向井 まったく思ってないです。時間で払いたくない割に、成果に対しても払ってない。
安田 それが許されて来た社会だったと。
向井 そういうことです。でも許されない時代になりました。
安田 社長って、社員に何でもかんでもやらせたがりますよね。「社内でやったらお金がかからないから」みたいな感じで。
向井 そんな感じです。使い放題の携帯定額プランみたいなものです。
安田 でもそれが変わりつつある。
国が中小企業への規制を“強化”へ舵を切ったワケ
向井 国が重い腰を上げたんで。
安田 なぜここへきて、国は腰を上げたんですか。
向井 人口が減るのは間違いないので。一人当たりのGDP増やして生き残りを図ろうとしてるんですよ。
安田 やっぱりそこですか。
向井 じゃあ、ひとり当たりのGDPを増やすには、どうしたらいいか。
安田 それが残業規制だと。
向井 これは想像ですが、おそらく国は生産性の高い大企業を主体として人を雇用させたい。
安田 じゃあ、生産性の低い中小企業は、もう潰してしまえと。
向井 それが隠れた狙いではないかなと、僕は思ってます。
安田 今は人手不足で仕事はたくさんあるから、中小企業が潰れても問題ないと。
向井 ということは絶対言わないですが、間違いなくそういう方向です。
安田 なぜ言わないんですか。
向井 言うと選挙に落ちるから。
安田 ちゃんと説明すればいいのに。これしかないんですって。
向井 日本人って下町ロケットみたいなのが好きなんですよ。
安田 「わがままな大企業vs健気に頑張る中小企業」みたいな。
向井 「弱い者いじめ」みたいな構図になると、めちゃくちゃ叩かれますから。
安田 じゃあ言葉にはしないけど、「中小企業が減った方が効率がよくなる」とは思ってる。
向井 絶対に思ってますね。
安田 そういう情報は、誰が政治家に教えるんですか。官僚ですか。
向井 そうです。昔の通産省経産省が主導権を握っていて、労働法も「国の経済成長とか生産性向上」のために使ってますね。
安田 なるほど。国民のためではなく、国家の生産性のために労働法を活用していると。
向井 そういうことです。
安田 いままでは中小企業に配慮して来たけど、もう終了と。
向井 終了ですね。そこは、はっきり分かりますね。
安田 でも経営者は気付いてない?
向井 いや気付いてます。「何とかなるかな」と思って見ないふりをしてるだけ。
全4連載「向井蘭(労働法に強い弁護士)×境目研究家・安田佳生」
Vol.1 残業=悪が標準になることで再編必至の中小企業
Vol.2 残業代未払いを甘くみる経営者の末路
Vol.3 中国がAIで日本をリードする決定的な理由とは
Vol.4 インフレに耐えられる企業だけが生き残れる時代へ
PROFILE

弁護士
向井蘭(むかいらん)
1975年山形県生まれ。東北大学法学部卒業。2003年に弁護士登録。現在、杜若経営法律事務所所属。経営法曹会議会員。企業法務を専門とし、解雇、雇止め、未払い残業代、団体交渉、労災など、使用者側の労働事件を数多く取り扱う。企業法務担当者向けの労働問題に関するセミナー講師を務める。
PROFILE

境目研究家
安田佳生(やすだよしお)
1965年、大阪府生まれ。高校卒業後渡米し、オレゴン州立大学で生物学を専攻。帰国後リクルート社を経て、1990年ワイキューブ設立。2006年に刊行した『千円札は拾うな。』は33万部超のベストセラー。新卒採用コンサルティングなどの人材採用関連を主軸に中小企業向けの経営支援事業を手がけたY-CUBE(ワイキューブ) は2007年に売上高約46億円を計上。しかし、2011年3月30日、東京地裁に民事再生法の適用を申請。その後、境目研究家として活動を続けながら、2014年、中小企業に特化したブランディング会社「BFI」を立ち上げる。経営方針は、採用しない・育成しない・管理しない。