17Jun

なぜAI時代は人を不安にするのか…
AI時代の到来は、職場にフォーカスするとどちらかといえばネガティブな捉え方が目立つ。人間に取って代わり、仕事を奪うというのがその理由だろう。このなんとも言えない不安の正体を「専門家はAI失業の危機を語るだけで、その対処法を示さないから」と指摘するのは、多摩大学大学院名誉教授の田坂広志氏だ。
「AI時代は想像を超えた失業を生み出すことになる。多くのビジネスパーソンが不安を感じているだろう。それは専門家がAI失業の危機を語るだけで、その対処法を教えてくれないからだ。また、勤務先の企業も能力開発を助けてくれるわけではない」と田坂氏。最新刊、『能力を磨く - AI時代に活躍する人材「3つの能力」』(日本実業出版社)では、まさにその対処法について語っている。
そもそもなぜ「能力を磨く」必要があるのか。その理由は明快だ。AIの台頭、人生100年時代、学歴社会の崩壊が3大要因。「AIによって、論理に強いだけでは淘汰される。学歴もAIの前ではほとんど無意味になる。そして人生100年時代の到来で、能力を磨き続けることが必須になった」と田坂氏。つまり、これまでビジネスシーンで求められていた“基準”が、産業や社会構造の変化で一変してしまったのだ。
これまでの工業社会では、高学歴者=優秀な人材であり、エリートコースが約束されていた。だがいまや、高学歴者=優秀な人材ではなく、職場で活躍する人材になることは約束されていない。むしろ高学歴者には、対人的能力が低く、リーダーシップが発揮できず、革新を生み出せない人材が多い時代でもある。逆説的だが、こうした現実が、AI時代に活躍する人材に求められる能力を知るカギとなる。
AI時代に磨くべき3つの能力とは
「現代の知的労働に求められる能力は、基礎的能力、学歴的能力、職業的能力、対人的能力、組織的能力の5つ。この内、最初の2つは、AIによってそのまま代替されてしまう。一方、後の3つはより磨き上げることでAIに代替できない能力となる」と田坂氏は、AI時代に磨くべき3つの能力を挙げる。
まず、職業的能力について。これは、「知識」の修得力という表面的なものではなく、経験と体験を通して「智恵」を身につける体得力であり、されにこれを部下や社員に教えることのできる伝承力である。言葉で表せる「知識」の修得については、人間はAIには到底かなわない。従って、言葉で表せない「智恵」、すなわち、スキルやセンス、テクニックやノウハウ、さらには、マインドやハート、スピリットやパーソナリティなどを身につけ、磨き、それらをしっかりと次の世代にも伝承できる能力が求められるということだ。
対人的能力は、単なる言葉を使ったコミュニケーション力ではない。「コミュニケーションの8割は、言葉以外によるものといわれている。これはまさに人間ならではの能力であり、AIには苦手な領域である。会議の後などに参加者の無言の声を推察し、その心の動きを想像するという修業によって身につく能力でもある。また、このコミュニケーション力の奥には、自身の苦労の体験から身につけた『体感的共感力』が極めて重要になってくる。それは、決してAIでは代替できない力でもある」(田坂氏)。
組織的能力はズバリ、「心のマネジメント力」だ。田坂氏が解説する。「AI時代は人心掌握や統率力という言葉は死語になる。AI時代のマネージャーに求められるのは、部下やメンバーが仕事に働き甲斐を感じ、心が躍るようなビジョンと志を語れるかである。また、部下やメンバーの成長を支えることができるかも問われる。その意味で、全てのマネージャーにカウンセラー的な能力が求められる時代がやってくるだろう」。
3つに共通するのは、AIの論理思考力と知識修得力では決して辿り着けない人間だけが発揮できる能力の世界があるということ。当たり前だが、AIに負けないためには、AIが苦手なところ、逆にいえば人間ならではの強みを最大化することに他ならない。最後に田坂氏は、悩めるビジネスパーソンにこんな言葉を送った。
「何より重要なことは、AI時代の到来を『危機』ではなく『好機』と思えるかどうかです。我々が、より人間的な高度な能力を発揮できる最高の時代が到来した。そんな風に捉えられる人なら、AI時代においても、間違いなく活躍する人材となっていくでしょう」。