連載:逆説的AI論
Vol.5
甲野善紀(武術研究者)×境目研究家・安田佳生
15May

対談後の“実践編”では理解不能な出来事が連発
身体の動きを研究する甲野氏と境目研究家・安田氏の対談。この対談企画は毎回、シナリオなしの一発勝負だが今回、私は時に理解不能で複雑な動きや反応をする人間を甲野氏がどう解釈し、AIに取り込む場合、どう認識させるのかをイメージしながら拝聴していた。
対談前半では、人間がいかに不完全であり、動物もまた、本能に支配され、通常では考えられない行動をとることなどが語られた。あまりに不可思議な行動をとる人間を解明するのはそもそも可能なのだろうか…。そんな疑念さえ湧く、興味深くも怪しげな展開が続いた。
後半では実践編とばかりに、甲野氏が実際に“体の不思議”を体感させてくれた。ヒモトレと呼ばれるヒモを使ったトレーニングでは、胴や膝にヒモを緩く巻き付けるだけで通常では発揮できないチカラが出ることを実際に経験させてもらった。それ自体不思議だが、ヒモが丸いタイプでは効果があり、きしめんのような平打ちのヒモでは機能しないという、どうにも理解できない事実も体験した。
甲野氏は対談で2019年1月末に「自分の技に大きな進展があった」と口にしていた。武術研究者として、これまで信じていた考えが一変するような気付きがあったという。その実例として、パンチを実践してみせた。
「払ってください」というので警戒して待っていると、拳が飛んでくる。飛び切り速いわけではないので払ったのだが、払うことが出来ず、逆に払おうとしたこちらの体勢が崩れた。私は決してドン臭い方ではない。むしろ俊敏な方だ。だが、何度やられても結果は同じ…。通常のパンチが来る軌道やタイミングと明らかに違う。だから、予測ができない。そんな印象だ。
甲野氏は「プロボクサーでも払えないでしょう」と明言した。津波が、陸にぶつかると突如猛威を振るうように、エネルギーの移動の仕方が従来のパンチとは違う。従来のイメージが頭に刷り込まれてしまっている。だから、どうしても反応が遅れ、払っても、いなしても、いや払うと逆にその威力を実感させられる。
こんな複雑怪奇メカニズムを一体どう解読してAIに移植するのか…
身体を動かすというのは脳で考え、そこから神経が伝達されることで達成する。そうだとするなら、人工知能がより人間に近づいていくプロセスでは、身体と連動したプログラムが必要になることは間違いないだろう。実際にそうした研究も行われている。
だが一方で、甲野氏が実践で示してくれた体の動きや反応は、理屈ではとうてい理解できない。普通なら払ったりいなしたり出来る拳が、払うと逆にこちらの体勢が崩されることや、緩く丸ヒモを結ぶだけで体がシッカリしてくることは、現実にそうであっても理解ができない…。ましてや本能や火事場のバカ力なんてものも存在する。これをデータがなければただの超高性能計算機でしかないAIにどう入力するのか。そもそも入力データとして解読できるとは到底思えない。
甲野氏は数十年の研究が一変する気づきが始まった時、「合気道をしていたことをひどく後悔した」という。つまり、新たな動きを頭では理解していても、体に染みついた行動のメカニズムが、その新しい動きの学習を妨げてしまうのだ。
AIが、正解となるデータをあらかじめ教えれば人間を凌駕するアウトプットを弾き出すことは確かだろう。だが、その正解といえるデータが、本当に正解なのかは実は分からない。そうだとすれば、AIは人間の脳に近づく過程で延々と学習し続け、迷宮に入り込むことも避けられないように思う。
AI研究の究極ゴールといえる 汎用人工知能(AGI)の研究が無事結実するかはともかく、人間のメカニズムはあまりにも複雑怪奇だ。パーフェクトが基本のAIとは相いれない。今回の安田-甲野対談で感じたのは、まさに人間とAIの間には明確に境目があるということ。そのことが、汎用人工知能実現を左右するかは分からないが、極めて険しい道のりになるのではないかと感じることしきりだった。(カケルAI編集部)
全5連載「甲野善紀(武術研究者)×境目研究家・安田佳生」
Vol.1 実践できるのに信じきれない人間の不可思議
Vol.2 サルが進化して人間になったのは本当なのか
Vol.3 AIが脅威になるほど人が人であることを考えるきっかけになる
Vol.4 複雑すぎる人間の構造にAIはどこまで近づけるのか
Vol.5 【編集後記拡大版】 AIは人間になれず、人間はAIにあらず…
PROFILE

武術研究者
甲野善紀(こうのよしのり)
東京生まれ。武術研究者。「人間にとって自然とは何か」を自分の身体を通じて実感し納得したいという切実な思いから武術を志す。1978年松聲館道場を設立。具体的な技と術理の探究を始める。その独自の研究から生み出された技や術理は、武術界のみならず、さまざまなスポーツ、楽器演奏、介護、工学、農業など多くの分野から注目される。一般的に知られている身体の使い方とは異なる練習法、指導法の実演と提案によって、日常の動作に至るまで、その技が幅広く応用されている。武術の動きを応用した身体の使い方の講座を全国各地で行う。他分野の専門家との共著や対談も数多い。2009年からは現在数学を専門とする独立研究者となって活躍中の森田真生氏と『この日の学校』を立ち上げ、受験や資格取得のためではない学問に対する本質的な関心と意欲を取り戻す講座を各地で開いている。
PROFILE

境目研究家
安田佳生(やすだよしお)
1965年、大阪府生まれ。高校卒業後渡米し、オレゴン州立大学で生物学を専攻。帰国後リクルート社を経て、1990年ワイキューブ設立。2006年に刊行した『千円札は拾うな。』は33万部超のベストセラー。新卒採用コンサルティングなどの人材採用関連を主軸に中小企業向けの経営支援事業を手がけたY-CUBE(ワイキューブ) は2007年に売上高約46億円を計上。しかし、2011年3月30日、東京地裁に民事再生法の適用を申請。その後、境目研究家として活動を続けながら、2014年、中小企業に特化したブランディング会社「BFI」を立ち上げる。経営方針は、採用しない・育成しない・管理しない。