連載:逆説的AI論
Vol.4
甲野善紀(武術研究者)×境目研究家・安田佳生
8May

脳の支配を飛び越え行動のスイッチを入れる本能。生誕時から組み込まれた生物としての防御機能といっていいかもしれない。あるきっかけで、身に覚えのないほどにポテンシャルが爆発することがある。対談の最終回は、制御不能のスイッチが入るメカニズムの考察と正確無比なAIの比較にテーマが発展する。
『本能と潜在能力とAI』
安田 人間は多機能とおっしゃっていましたけど。
甲野 はい。
安田 人間って、どのくらいの機能を使ってるんですか?本来持ってるポテンシャルの半分も使ってないんですか?
甲野 半分どころか5分の1も使ってないでしょうね。
安田 じゃあ、AIを超える能力も、まだまだあるかもしれない?
甲野 たとえば「火事場のバカ力」ってあるじゃないですか?
安田 はい。ホントにあるかどうか、分かりませんけど。
甲野 いや私も経験ありますが、実際緊急事態が起きた時に、すごい潜在能力を発揮することがあるんですよ。
安田 あるんですか。
甲野 はい。以前坂道で側溝に車輪を落とした軽自動車を上げるのを手伝ったことがあります。溝から車輪を上げたその瞬間、坂の下側にいた私に車が下ってきて、思わず車を押し返そうとしました。そしたらば、履いていた新品の草履の丈夫な鼻緒がブチ切れました。
AIと人間の決定的な構造の違い
安田 新品の草履の鼻緒が切れるとはすごいですね。AIには潜在能力はないんですか?
甲野 だって最初から、もうその通りですから。
安田 確かに。能力を100%発揮して当たり前、発揮しなかったら不良品ですからね。
甲野 人間はその点、多層構造なんですよ。
安田 多層構造?
甲野 「段階的に能力を発揮する」ような、構造になっている。
安田 なるほど。だから潜在能力があるわけですね。
甲野 そこで、なぜ人はそういう多層構造なのかっていうことを考えると一歩進みますね。
安田 確かに。使う必要がないのに、機能があるっていうのは不思議ですね。
甲野 でしょ?
人間よりはAIに近い動物の構造
安田 ちなみに動物も、そういう構造なんですか?
甲野 動物も、もちろん潜在能力がありますが、人間と違って単純な機械みたいなところがあります。
安田 そうなんですか?
甲野 たとえば七面鳥って、地上に巣を作るんですけど。
安田 はい。
甲野 そうすると、テンとかイタチみたいなものに、巣を襲われる可能性がある。
安田 ありますね。
甲野 それで七面鳥には、「巣の近くで毛の生えたものが動くと、反射的に攻撃をする」という本能が組み込まれてるんですよ。
安田 反射的に攻撃する本能?
甲野 はい。でも、なぜかヒナだけは、その本能では殺されない。
安田 なぜなんですか?
甲野 これも本能で、ヒナが「ピーピーピー」って鳴くと、「おっとっと」ってブレーキがかかるんですよ。
安田 じゃあ、「本能的に攻撃しようとしてる」けど、「本能的にブレーキもかかる」と。
甲野 そういうことです。
安田 なるほど。
甲野 で、残酷な実験ですけど。
安田 何ですか?
甲野 この母鳥の聴覚を、潰してしまったらどうなるか。
安田 ひどい実験ですね。でも目は見えてるんでしょ?
甲野 目は見えてます。どうなったと思います?
安田 見えてたら、自分のヒナは襲わないでしょう?
甲野 ところが、みんな殺しちゃったんです。
安田 なんと!
甲野 人間だったら、ある種もっと「自制的な行動」をするじゃないですか?
安田 そりゃあ、そうですよ。
甲野 つまり、人間と動物の違いは、そこにあるということです。動物は、本能的な反射みたいなので動いている。
安田 ということは、AIに近いんですかね?動物って。
甲野 どうしても本能に支配されてしまうんでしょうね。
正常な行動を一気に飛び越える本能という名の行動スイッチ
安田 本能に支配されてしまう?
甲野 コクマルガラスを研究した、動物行動学者のコンラッド・ローレンツって人がいまして。
安田 コクマルガラス?
甲野 まあ、カラスですね。それで、すごくなついているコクマルガラスがいて。
安田 なついているカラス。はい。
甲野 すごくなついているはずなのに、手に黒いヒラヒラしたものを持つと、飼い主でもワーッと攻撃してくるんですよ。
安田 それは、本能ですか?
甲野 そうです。仲間が攻撃されていると思うんでしょうね。
安田 そうなるともう、本能の赴くまま?
甲野 もう普段はなついていても、それが全部吹っ飛んじゃうわけですよ。
安田 本能に逆らえないと?
甲野 本能の方が強いから。だから瞬間的に、発狂したような状態になってしまう。
安田 なるほど。
甲野 もうひとつ、動物と人間の違いで、すごく昔から考えさせられることがあるんです。
安田 なんでしょう?
甲野 興味深いのはアザラシ。
安田 アザラシですか?
甲野 はい。小さな幼いアザラシを仲間から離して、飼育係が浅いプールで育てる。
安田 実験ですね。
甲野 で、大きくなってから、深いところに連れていく。
安田 それでも本能で、ちゃんと泳げると。
甲野 いや、溺れてしまうんです。
安田 なんと!アザラシが溺れるんですか?
甲野 はい。泳げないんです。
安田 ちょっと信じられないですね。
甲野 アザラシやオットセイって、 あんなに水に向く体をしているのに、泳げなくなるんですよ。
安田 じゃあ、泳ぎは本能ではないと?
甲野 それがですね、犬猫は大きくなってから、いきなり水に放り込んでも犬かきで泳ぐ。泳ぐ能力が本能に入っているんです。
安田 どういうことですか?ちょっと混乱してきました。
甲野 アザラシには「泳ぐって機能」が、本能にはないんですよ。
安田 えっ!
甲野 これはちょっと意外な気がするんですけど。
安田 いやいや、意外すぎますよ。
甲野 ある時、その理由に気づいて「そういうことだったか!」と思いました。
安田 どういうことなんですか?
甲野 つまりアザラシは、すごく巧みに「たくさんの泳ぎ方」を覚えないと、水の中で生きていけない。
安田 はあ。
甲野 「犬かき」のように単純な、いわば救命ボートのような機能であれば、本能に組み込めるわけです。
安田 なるほど。
甲野 でも、アザラシのような「ものすごく、たくさんの泳ぎ方」は本能には組み込めない。だから後天的に学ぶしかない。
安田 凄いことを発見しましたね。
人間には生活技術の本能がほとんどない
甲野 で、人間の話です。
安田 はい。人間の話。
甲野 人間というのは、生活技術の本能がほとんどない。人間は、ほとんど後で学ばなきゃいけない。
安田 確かに。食えるようになるのに20年もかかりますからね。
甲野 本能っていうのは、生まれつき持っている能力ですけど、すごく限定されていて、それ以上の発展性がないのです。
安田 本能って、もっと色々組み込まれているのかと思ってました。
甲野 たとえば猫って、高さ30 mぐらいのところから落としても、ムササビのように四本の足を拡げて、空気抵抗を大きくして落ちて行くので、怪我をしないんですよ。
安田 へえ、そうなんですか。
甲野 ところが、そういう能力を持っているのに、普段はその自覚がないので、自分では飛び降りないんですよ。
安田 どういうことですか?
甲野 誰かに放り投げられたら無事着地できるのに、高いビルとか、絶壁の岩の上とかに置かれたら、猫は飢え死にするまでそこにいるんですよ。
安田 どうしてですか?
甲野 つまり能力があるのに、「このままだったら飢え死にそうだから、ここは思い切って飛び降りてみるか」って絶対考えない。
安田 じゃあ、「誰かに突き落とされないと、使えない能力」ってことですか?
甲野 はい。潜在的には能力があるのに、自分では発揮できない。
安田 アザラシはどうやって、その「たくさんの泳ぎ方」みたいな、潜在能力を発揮するんですか?
甲野 アザラシの場合、泳ぎの習得は要するに伝統文化なのですね。仲間を見ながら学んでいって、様々な巧みな泳ぎをするようになるのです。
安田 じゃぁ人間の2足歩行ってどうなんですか?周りに2足歩行している人がいなくても、赤ん坊は2足歩行するようになりますか?
甲野 2足歩行しないと思います。
安田 じゃあ、2足歩行も本能ではないと?後天的に身につけるんですね。
甲野 アザラシの場合と同じです。
安田 なるほど。コミュニティの中で教えられて、生きるスキルが身につくと。
甲野 そういうことです。
安田 人間って、働くことを教えられるじゃないですか?
甲野 はい。
安田 あれも生きていくためですかね?
甲野 そうでしょうね。生きていく手段として教えるんでしょうね。
安田 食うため、ってことであれば、動物も働いていると言えますか?
甲野 たとえば山の中で、完全な自給自足をするのなら、働かなければならないでしょ。ならば食物を得るのも働いているし、子供の面倒見るのも働いている。
安田 じゃあ、境目研究家も「働いている」ってことになりますか?
甲野 生きていくためなら、それは働いているということになるでしょうね。
全5連載「甲野善紀(武術研究者)×境目研究家・安田佳生」
Vol.1 実践できるのに信じきれない人間の不可思議
Vol.2 サルが進化して人間になったのは本当なのか
Vol.3 AIが脅威になるほど人が人であることを考えるきっかけになる
Vol.4 複雑すぎる人間の構造にAIはどこまで近づけるのか
Vol.5 【編集後記拡大版】 AIは人間になれず、人間はAIにあらず…
PROFILE

武術研究者
甲野善紀(こうのよしのり)
東京生まれ。武術研究者。「人間にとって自然とは何か」を自分の身体を通じて実感し納得したいという切実な思いから武術を志す。1978年松聲館道場を設立。具体的な技と術理の探究を始める。その独自の研究から生み出された技や術理は、武術界のみならず、さまざまなスポーツ、楽器演奏、介護、工学、農業など多くの分野から注目される。一般的に知られている身体の使い方とは異なる練習法、指導法の実演と提案によって、日常の動作に至るまで、その技が幅広く応用されている。武術の動きを応用した身体の使い方の講座を全国各地で行う。他分野の専門家との共著や対談も数多い。2009年からは現在数学を専門とする独立研究者となって活躍中の森田真生氏と『この日の学校』を立ち上げ、受験や資格取得のためではない学問に対する本質的な関心と意欲を取り戻す講座を各地で開いている。
PROFILE

境目研究家
安田佳生(やすだよしお)
1965年、大阪府生まれ。高校卒業後渡米し、オレゴン州立大学で生物学を専攻。帰国後リクルート社を経て、1990年ワイキューブ設立。2006年に刊行した『千円札は拾うな。』は33万部超のベストセラー。新卒採用コンサルティングなどの人材採用関連を主軸に中小企業向けの経営支援事業を手がけたY-CUBE(ワイキューブ) は2007年に売上高約46億円を計上。しかし、2011年3月30日、東京地裁に民事再生法の適用を申請。その後、境目研究家として活動を続けながら、2014年、中小企業に特化したブランディング会社「BFI」を立ち上げる。経営方針は、採用しない・育成しない・管理しない。