AIが浸透することで人間に起こる変化

AIが背中を押す人間が疎かにしている考えとは

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連載:逆説的AI論

Vol.3

甲野善紀(武術研究者)×境目研究家・安田佳生

AIが脅威になるほど人が人であることを考えるきっかけになる

甲野氏

境目研究家・安田氏×武術研究者・甲野氏の対談は3回目となり、テーマはいよいよAIにおよぶ。AIにより人間の仕事が奪われるという論調もある中で、甲野氏は「むしろ人間としてこれからどうすべきかを少しは考えるようになる」とあくまで肯定的。その上で、独自のAI論を語り始める。

『AIとニンゲンの決定的な違い』

安田 人間って、かなり愚かなことをするじゃないですか?

甲野 たとえば?

安田 食べられないものを食べるために、わざわざ調理したり、 寒さをしのぐために服を着てるのに、わざわざ穴を開けてみたり…。

甲野 まあ、それは人の好き好きですからいいですけど、原発とプラスチックをどんどん推進してきた愚かさの方が深刻ですね。

安田 動物って、そんな愚かなことはしませんよね?

甲野 人間が動物のように生きていれば、今のような環境破壊は当然ないわけですから。

安田 環境破壊もひっくるめて、やっぱり運命なんですか?

甲野 もちろんそうですよ。

安田 じゃあ、なるべくして、こうなった?

甲野 ある面から見たら完全にそうですね。

安田 でも運命は100%自由だとも、おっしゃってますよね?

甲野 これもある面から見たらそうですね。そういう矛盾した筋書きを人間は抱えているんですよ。

安田 なんか、人間が筋書きを変えているような気がして。しかも、変えちゃいけない部分を変えてる気がするんですけど。

甲野 「人間がやっていいことと、いけないこと」があるとしたら、私個人の実感としては、とっくにやってはいけない部分に入ってると思います。

安田氏安田 その境目は、どこらへんなのですか?

甲野 それを明確にするのは、大変難しいですね。

愚行を重ね、やってはいけない領域を超えている人類

安田 「あの日、あの時に、危険ゾーンを突破した」みたいなものは、ないんですか?

甲野 難しいですね。たとえば放射線元素をキュリー夫人が発見しましたが、あの辺りといえば、あの辺りという見方も出来ますが…。

安田 医療的にはどうなんですか?最近、豚の体の中で人間の臓器を作ろうとしてますけど。

甲野 その分野も、とっくに行きすぎてますね。そもそも輸血ですら、必要ないかもしれません。

安田 え!どういう意味ですか?

甲野 昔、海軍で輸血用の血液がなくなって、海水を煮沸して使ったら、その方が経過が良かったそうですよ。

安田 それで死ななかったのですか。

甲野 昔ルネ・カントンという人が、自分の犬の血液を大量に抜いて代わりに生理的食塩水入れたんです。

安田 どうなったんですか?

甲野 そしたらグターとしていたそうですけど、その後、物凄く元気になった。

安田 何と!

甲野 それで一時期、非常に数多くの人が救われたんです。

安田 そりゃあ、救われますよね。どうして、もっと広まってないんですか?

甲野氏甲野 病気を安く安全に克服する方法があると、都合の悪い人達がいるのですよ。

安田 輸血業者の既得権とか?

甲野 利権を守るための圧力って、想像してるよりずっと凄いんです。

安田 人間社会って、ややこしいですよね。余計なものもいっぱいありますけど、ルールがないと成り立たないし。

甲野 そうですね。

安田 学校に入ったら、どんなに理不尽でも、そこのルールを守らなきゃいけない。会社も、国も、地域も、全部ルールがあります。

ルールがベースの人間社会にはびこる矛盾

甲野 人間社会のベースは、ルールですから。

安田 ですよね。お金なんて、ルールがなかったら「ただの紙切れ」ですからね。

甲野 今の時代に対して、そういう悶々としたものを、私は感じています。

安田 矛盾みたいなものも感じますか?

甲野 それはもう矛盾だらけですね。

安田 たとえば「武術研究」という崇高なものと、「お金を稼ぐ」という俗的なもの。分けて考えてるんですか?

甲野 いや、別に武術の研究を崇高だとは思っていませんし、分けて考えているわけじゃないです。

安田 分けて考えなくても、武術研究が自然にお金になっていく?

甲野 そうですね。

安田 もしそれがなかったら、武術研究とは別に、お金になる仕事をやるんですか?

甲野 どうなんでしょうか。ただ、私がこの研究を始めた時に、なぜか根拠のない自信があって「これでいける」と思ってました。

安田 根拠はないけど、「これで食っていけるだろう」と?

甲野 そうですね。そうしたら、どういうわけか、得難い人との出会いが続き、この仕事で世に出られるという、ただならぬ運のよさに恵まれました。

安田氏-甲野氏安田 運の良さですか?

甲野 武術の研究や指導だけで、どこにも所属せずにやっていけている人なんて、本当に少ないと思うんですよ。

安田 でも、甲野さんの武術研究みたいなものこそ、本来人間がやるべき仕事だって気がしますけど。

甲野 まあ、人間の仕事としては、まだマシかもしれませんが、手作業の物作りとか、自然農の方が、より人間らしい仕事でしょう。

AI脅威論はあまりにも「発想が浅い」

安田 「AIに仕事を取られる」って心配している人が、たくさんいるんですけど。

甲野 たくさんいますね。

安田 「仕事=給料がもらえる作業」みたいな刷り込みが、強すぎると思うんですけど。

甲野 「AIが出てきたから仕事がなくなる」っていうのは、すごく発想が浅い。

安田 ですよね。

甲野 自分達は、ある面「ロボットの代わり」みたいなことしか、考えてないですよね。

安田 「指示された作業をやって、お金をもらってるだけ」みたいな。

甲野 人が人であることに対して、本質的な事を全然考えてない。

安田 考えてませんよね。なぜ考えないのか、不思議でしょうがないです。

甲野 だからある意味、こういう状況になってきて、よかったんじゃないかと。

安田 AIに仕事を奪われる、ということが?

甲野 AIが発達してきて、仕事がなくなるかもしれないとなれば、これからどうすべきかを少しは考えるようになるでしょう。

安田 ただ文句言ってる人ばっかりですけど。

甲野 文句言ってますけど、「じゃあ人が人であるってどういうことだ」ということを、さらに切迫すれば、少しは考えるようになるかと。

安田 考えたら、どこかに行き着きますか?

AIの違いを考えることでみえてくる人間の強み

甲野 やっぱり人間って、ものすごい多機能じゃないですか。

安田 多機能?

甲野 はい。それがAIと人間の、一番違うところ。

安田 どういうことですか?

甲野 人間の能力では、長所が欠点にもなりますよね?

安田 はい。どんな人にも、両方必ずありますね。

安田氏-甲野氏甲野 とてもよく気が利く人は、気が利かない人がいると、ストレスになるじゃないですか。

安田 はい。かなりストレスでしょうね。

甲野 つまり、自分が有能であるがゆえに「その有能さが自分を苦しめている」みたいなところがある。

安田 なるほど。それがAIとの違いですか?

甲野 人間には、そういう「長所だからこそ、それが欠点にもなる」ということがいっぱいあるんですけど、AIにはないでしょう。

安田 欠点がないってことですか?

甲野 長所に特化して設計されているから、葛藤がないでしょ?

安田 葛藤ですか?それは、ないでしょうね。

甲野 だから、よく「AI が間違ったら恐ろしい」とか言うけど、 AI って間違えないんですよ。

安田 AIは間違えない?

甲野 AI が間違ったり、葛藤に苦しんだりということはないでしょう。

安田 じゃあ、間違えたり、葛藤したりするのが、人間の良さだと?

甲野 葛藤に苦しんだり、長所が欠点にもなっているというのが、まさに人間の構造なんですよ。

安田 そこを生かすべきだと?

甲野 「人間とは何なんだろう」ということを、もっと追求すべき時に来ていると思いますよ。

全5連載「甲野善紀(武術研究者)×境目研究家・安田佳生」
Vol.1 実践できるのに信じきれない人間の不可思議
Vol.2 サルが進化して人間になったのは本当なのか
Vol.3 AIが脅威になるほど人が人であることを考えるきっかけになる
Vol.4 複雑すぎる人間の構造にAIはどこまで近づけるのか
Vol.5 【編集後記拡大版】 AIは人間になれず、人間はAIにあらず…

PROFILE

武術研究者

甲野善紀(こうのよしのり)

東京生まれ。武術研究者。「人間にとって自然とは何か」を自分の身体を通じて実感し納得したいという切実な思いから武術を志す。1978年松聲館道場を設立。具体的な技と術理の探究を始める。その独自の研究から生み出された技や術理は、武術界のみならず、さまざまなスポーツ、楽器演奏、介護、工学、農業など多くの分野から注目される。一般的に知られている身体の使い方とは異なる練習法、指導法の実演と提案によって、日常の動作に至るまで、その技が幅広く応用されている。武術の動きを応用した身体の使い方の講座を全国各地で行う。他分野の専門家との共著や対談も数多い。2009年からは現在数学を専門とする独立研究者となって活躍中の森田真生氏と『この日の学校』を立ち上げ、受験や資格取得のためではない学問に対する本質的な関心と意欲を取り戻す講座を各地で開いている。

PROFILE

安田佳生

境目研究家

安田佳生(やすだよしお)

1965年、大阪府生まれ。高校卒業後渡米し、オレゴン州立大学で生物学を専攻。帰国後リクルート社を経て、1990年ワイキューブ設立。2006年に刊行した『千円札は拾うな。』は33万部超のベストセラー。新卒採用コンサルティングなどの人材採用関連を主軸に中小企業向けの経営支援事業を手がけたY-CUBE(ワイキューブ) は2007年に売上高約46億円を計上。しかし、2011年3月30日、東京地裁に民事再生法の適用を申請。その後、境目研究家として活動を続けながら、2014年、中小企業に特化したブランディング会社「BFI」を立ち上げる。経営方針は、採用しない・育成しない・管理しない。

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