人間の運命は決まっているのか

実際にできても頭では信じきれない人間の不可思議

menu

×AI

実践できるのに信じきれない人間の不可思議

真剣を抜く甲野氏

<連載:逆説的AI論>
甲野善紀(武術研究者)×境目研究家・安田佳生 Vol.1

AIは人間を凌駕する――。囲碁や将棋などでそうした側面がクローズアップされるたびにその印象は強まるが、AIは本当に人間を超越できるのか。この疑問を解くヒントを探るべく、境目研究家の安田氏がアプローチしたのは、武術研究者の甲野氏だ。体の動きの追求を続ける氏なら、脳研究とは違う軸で人間の神秘を解き明かせるとにらんだのだ。

『人は何に縛られているのか』

安田 大変失礼な質問かもしれませんが。

甲野 はい。

安田 甲野さんは「何屋さんですか?」と聞かれたら、どう答えるのですか?

甲野 武術研究者と答えます。

安田 「武術の先生」では、ないんですか?

甲野 仕事は研究者で、それを教えたり、本やメールマガジンという形で書いたり、講演をしたりして生活してます。

安田 なるほど。研究が本業なわけですね。

甲野 はい。

安田 ところで甲野さんは「人間の運命は完璧に決まってるけど、同時に100%自由だ」とおっしゃっていますよね?

甲野氏甲野 はい。武術を通じてそれを体感できることを、人生のテーマにしています。

安田 凄く、矛盾してるように聞こえるんですけど。

甲野 その通りです。たとえば、宗教には、よく「予言」がありますが、それと同時に「個人の努力」を説くって矛盾しているじゃないですか。

安田 人間の運命は決まってるから、努力は無駄だということですか?

「人間の運命は完璧に決まってるけど、同時に100%自由」の真意

甲野 人間の運命が「努力でどうにかなる」って事が、すごく不公平だと思っています。

安田 努力でどうにかなるのは、公平だと思うんですけど。

甲野 いや、よく考えてみてください。人間には「努力する気になる人」と「努力する気にならない人」がいるでしょう。

安田 それは自己責任じゃないんですか?

甲野 でも「なぜ努力する気になるか」「なぜならないか」は全然わからないでしょう。

安田 なぜならないか?そんなこと考えたことないです。

甲野 ある人は褒められて、やる気になる。でも、ある人は褒められてダメになる。叱られて「よーし」と思って発奮する人もいるし、叱られてしょげちゃう人もいる。

甲野氏と安田氏 安田 まあ、確かに。

甲野 それって、極めて曖昧な要素じゃないですか。

安田 そうですね。

甲野 そんな曖昧な要素で「人の幸福が決まる」っていうのが、すごく不公平だという思いがあるんです。

安田 なるほど。そもそもが、不公平だと。

甲野 それだったらもう全て「シナリオ通りになっている」と考える方が私には納得がいくんです。

安田 また極端ですね。でも理屈は通りますよね。「もうハナから、不公平にできているんだ」と。

甲野 いや、不公平に見えるのは、その個人が今生で演じる役目です。その人としての本質は誰も同じだと考えています。

安田 シナリオはあるけど「その通りにはいかないよ」と?

甲野 いや、ある面から見ればシナリオ通りですが、自分がやったと言えばそうでもある。

安田 じゃあ、やっぱり本人次第じゃないですか。

甲野 そんなに単純ではないんですよ。言ってみれば、全部の出来事は予定表に書いてある。でも裏は全くの白紙。それが同時にあるんです。

安田 「同時にある」とか言われても、理解できないです。

甲野 「それって矛盾するじゃないか」って言われるかもしれませんが、そういうものだと私は21歳の時に確信したのです。

安田 つまり、運命とは「コインの表裏のようなもの」ということですか?

甲野氏甲野 よく新宗教で「運命は決まってる。でも努力で変えられるのです」って言うんですけど、それはどう見たっておかしいだろうってのが私の実感です。

安田 運命は変えられない、と。でも筋書き通りにはいかない、と。難しい…。

40年の独自研究で最近あった気づきと「痛恨の極み」

甲野 私は昔、合気道をやっていたんですけど。

安田 合気道?

甲野 はい。それでその合気道をやめて、独自に研究を始めて40年になりますが、最近、私の技にかつてない気付きがありました。

安田 それは、おめでとうございます。

甲野 そして、その新しい原理に気づき始めた頃に、合気道をやっていたことに後悔の念が湧いてきました。

安田 ・・・どういうことでしょうか?

甲野 たとえば「ネイティブで喋れるようになる」ということと「第二外国語を意識して学んで身に付ける」ということは、根本的に違うじゃないですか。

安田 レベルが違うということですか?

甲野 意識して、真似して、努力して、やろうと思ったために、実感がないのにやってしまうという「変な癖」がついていたことに痛恨の思いをしたのです。

安田 変な癖ですか?

甲野 学び方、習い方っていうのは、本当に難しいなあと改めて思いました。

安田 人間って、頭の中に思考の枠組みがあって、その「枠内でしか考えられなくなる」ということがありますよね。

甲野 そのことを昨年の12月に痛感させられました。私はいつも和装で、着物に袴なのですが、懐に入れた眼鏡をよく失くすんです。

安田 メガネを落とす?

甲野 ええ、和服の懐は一方が開いていてポケット状にはなっていませんから、メガネを10個ぐらい、ケースは20個ぐらい失くしました。

安田 落としすぎです。でもなぜケースの方が多いんですか?

甲野 いわばケースの方が身代わりです。

安田 訳がわかりません(笑)。

甲野 ところが、忘れもしない去年12月1日の朝、大発見があったんです。

安田 ほう。

甲野 それから眼鏡を落とす心配が圧倒的になくなりました。

安田 どんな大発見だったんですか?

バイアスが邪魔をする“大発見”と学習

甲野 こういう革ケースを作ったんです。

安田 でかい!

甲野 これは下半分が袋状になっていて、よく大型拳銃のホルスターのようだと言われます。このケース自体は、着物から取り出さないんです。眼鏡だけを出したり入りたりするんです。

安田 取り出さないから、失くさない?

甲野 そう。失くさないし、落とさない。20年ずっと気づかなかった大発見。

安田 発想の転換ですね(笑)。

甲野 それで色々思い出したんです。例えば缶詰。

安田 缶詰ですか?

甲野 はい。実は缶詰が発売されてから40年ぐらい、缶切りは発売されなかったんです。

安田 じゃあ、どうやって開けてたんですか?

甲野 元々缶詰っていうのは、軍隊で運ぶために作られたんです。落としても割れなくて丈夫じゃないですか。

安田 はい。確かに頑丈ですね。

甲野 簡単には開かない、壊れない。

安田 簡単に開かないことが利点だったと?

甲野 そうなんですよ。つまり「簡単に開く」という機能は「商品イメージを損なう」という刷り込みがあった。

安田 「簡単に開かない」ということに、価値があったわけですね。

甲野 40年ほど経ってから「開ける時もうちょっと簡単になった方がいいね」となって、やっと缶切りが発明されたわけです。

安田 40年ですか!

甲野 昔はナイフを突き立てて、開けてたわけです。そういうことに何の面倒くささも感じない時代だった。

安田 今じゃ考えられないですね。

甲野 今はプルトップ式だから、もう缶切りすら使えない人が多くなってます。

安田 でも、さすがに缶切りは、缶詰と同時にできたと思ってました。

甲野 つまり、最初に刷り込みがあって「これは簡単に開かないところがいいんだ」と思っていた。

安田 だから、簡単に開ける道具があってはならなかった?

甲野 「簡単に開ける」という発想そのものがなかったんですよ。

安田 なるほど。

甲野 メガネケースも同じ。

甲野氏安田 同じですか?

甲野 メガネケースは「メガネとほぼ同じぐらいの大きさ」と思い込んでるから、気付かなかった。

安田 もっと大きくてもいいんだと。

実際にできても「信じきれない」人間の不可思議

甲野 眼鏡を10個くらいもなくして、20年も経って、やっとケースを馬鹿でかくして、もはや、そのケースは出し入れしないという事にしたのです。なんでこんな簡単なことを、今まで気づかなかったんだろうと思います。

安田 気がついても普通はやりませんよ(笑)。

甲野 この眼鏡ケースの件に限らず、私は、ありとあらゆる事象を、技の参考にしようと思っていますから。

安田 そんなことまで、技の研究につなげるわけですね。

甲野 人って、自分ができてすら、まだ常識的な観念に縛られて「なかなか、それを信じきれない」。

安田 どういう意味ですか?

甲野 たとえば最近出来るようになった私の突きは、プロボクサーでも払うのは難しいと思うんです。突きの原理がボクシングとは全く違うので…。

安田 凄いですね。

甲野 でも、このことが分かって、しばらくの間、実際にそういう事が出来るようになっても、「まだそれが信じきれない」っていう自分がいました。

安田 なんと!

甲野  今まで育ってきた環境とか、それによって作られてきた思考形態とかは、本当に簡単には抜けないものだなと思いましたね。(続く


甲野善紀(こうのよしのり)プロフィール
東京生まれ。武術研究者。「人間にとって自然とは何か」を自分の身体を通じて実感し納得したいという切実な思いから武術を志す。1978年松聲館道場を設立。具体的な技と術理の探究を始める。その独自の研究から生み出された技や術理は、武術界のみならず、さまざまなスポーツ、楽器演奏、介護、工学、農業など多くの分野から注目される。一般的に知られている身体の使い方とは異なる練習法、指導法の実演と提案によって、日常の動作に至るまで、その技が幅広く応用されている。武術の動きを応用した身体の使い方の講座を全国各地で行う。他分野の専門家との共著や対談も数多い。2009年からは現在数学を専門とする独立研究者となって活躍中の森田真生氏と『この日の学校』を立ち上げ、受験や資格取得のためではない学問に対する本質的な関心と意欲を取り戻す講座を各地で開いている。

安田氏と甲野氏

安田佳生(やすだよしお)プロフィール
1965年、大阪府生まれ。高校卒業後渡米し、オレゴン州立大学で生物学を専攻。帰国後リクルート社を経て、1990年ワイキューブ設立。2006年に刊行した『千円札は拾うな。』は33万部超のベストセラー。新卒採用コンサルティングなどの人材採用関連を主軸に中小企業向けの経営支援事業を手がけたY-CUBE(ワイキューブ) は2007年に売上高約46億円を計上。しかし、2011年3月30日、東京地裁に民事再生法の適用を申請。その後、境目研究家として活動を続けながら、2014年、中小企業に特化したブランディング会社「BFI」を立ち上げる。経営方針は、採用しない・育成しない・管理しない。

関連記事