連載:逆説的AI論
Vol.1
藤井薫(リクナビNEXT編集長)×境目研究家・安田佳生
15Jan

産業および社会構造の変化でデジタルトランスフォーメーションが必至の情勢だ。時代に取り残されないためにも、もはやAI導入は不可欠。もっとも、どう活用するかが不明瞭で足踏みしている企業もあるだろう。そこで本企画では、各業種/業界の本質を突き詰めるアプローチとして、あえて非AI領域とAI化が望ましい領域の境目にカットイン。既存業務とAI化の境い目をあぶりだすことで、AI導入へのイメージ増幅をサポートする。
リクナビNEXTは鏡?
安田 実は私、昔リクルート社にお世話になっていまして。難波の営業所でバイトの営業職を1年8ヶ月やっていました。
藤井 どこかですれ違っていたかもしれないですね。私は88年入社で、最初財務にいて、その後営業で就職情報部に異動して、神田営業所で飛び込み営業をしていました。
安田 いまは『リクナビNEXT編集長』なんですよね。具体的にはどんなお仕事なんですか?
藤井 いまは広報部所属で、転職市場やキャリア採用全体の動向をお伝えするスポークスマンのような役割を担っています。
安田 スポークスマンですか?
藤井 はい。メディアからのインタビューを受けたり、講演したり、企業にお話しに行ったり。これまではエンジニアの転職情報誌『TECH B-ing』とか独立開業支援の情報誌『アントレ』とかいろんな編集長もやってきたのですが、いまは直接、商品開発をプロデュースすることはしていないです。
安田 そうなんですね。ではリクルートキャリアのスポークスマンにお聞きしたいのですが。
藤井 はい。
安田 「リクナビNEXT』って、ひとことで言ったら何ですか?
藤井 働き方や生き方など、自分の未来の選択肢が集まっているメディア。別の言葉で言うなら、自分が何を求めているのかに気づく「写し鏡」とも言えるのではないでしょうか。
安田 なるほど。鏡ですか。もう一つ聞いてもいいですか?
採用媒体って、商品価値と商品価格が比例してないですよね?
藤井 はい、どうぞ。
安田 答えにくい質問かしれませんが。
藤井 ぜんぜん構わないですよ。
安田 採用媒体って、商品価値と商品価格が比例してないですよね?
藤井 どういう意味ですか?
安田 効果が出れば少ない広告量で済みますけど、効果が出なければたくさん広告を出さなくてはならない。つまり、効果が出ないほど広告料が増えて行く。
藤井 料金が高すぎるとご不満に思っているクライアント様もいれば、ドンピシャで満足しているクライアント様もいて、それらが混ざっているのが実態だと思います。
安田 でも実際に、景気が良くなって、求人が増えて、効果が出にくくなるほど、媒体会社は儲かるわけじゃないですか。その事実はどう思われますか?
藤井 どんな商品・サービスもそうですが、そうした不均衡はどこかで適正に収斂していくと思います。リクルート(1960年創業)の57年の歴史は、そういった不均衡と向き合ってきた足跡でもあります。ご不満の声は真摯に受け止め、最大限満足いただけるサービスとして磨き続けるしかないと考えています。
リクルートにとって顧客とは
安田 例えばグーグルは、企業の広告によって成り立っていますよね?
藤井 はい。
安田 でも広告を出す企業ではなく、検索するユーザーが「真の顧客」だと考えているように見えます。
藤井 おっしゃる通りですね。
安田 ユーザーが増えていけば、広告を出したい企業は勝手に集まって来ますから。『リクナビNEXT』もそこを割り切ったらどうなんでしょう?「うちの顧客は企業じゃなくて、学生や転職者ですよ」とハッキリ言ってしまうとか。
藤井 はい。実際「働き方を決める主導権、働く主権は個人に移行しつつある」、とよく語っています。その意味では、顧客は求職者です。一方で企業も求職者に豊かな選択肢を提供する重要な顧客なのです。実は、リクルートのビジネスモデルは、ツーサイド・プラットフォームモデル。ユーザーとクライアントが出会う場であるプラットフォームを作り出し、双方の満足を追求する。つまり、最適なマッチングによって、世の中の「不」の解消に寄与してゆくモデルです。その意味では、両者が顧客なのです。
クライアントとユーザーの両方が“顧客”の真意
安田 単なる広告とは違う?
藤井 はい。出会った後に、企業と個人がお互い高め合わないと、個人も自己実現できないし、企業もその果実をとれず、存在目的を果たせない。
安田 なるほど。
藤井 企業にだけ優しくて、個人は苦しいという出会いでは、最終的には両者は長く互いに成長はできない。逆もしかり。ですから、片方だけを顧客とするのは違うかなと思います。最近では、人事パワーの少ない中小企業のお客様に向けて、クライアントの業務負荷軽減することにも注力しています。『リクナビHR TECHシリーズ』は、その取り組みの一つです。結果として、応募可能なユーザーの選択肢を広げ、利便性を高める。これがリクルートらしい方法なのです。
安田 両方とも顧客だというわけですか?
藤井 ツー・サイドプラットフォームでは、両方が顧客です。両者が本当に良い出会いをして、昨日までなかった可能性が生まれて、互いに高め合う。そうでなければ成り立たないと思います。
全6連載「藤井薫(リクナビNEXT編集長)×境目研究家・安田佳生」
Vol.1 採用とAI化の境目には何があるのか
Vol.2 変化する採用戦略と採用AI化推進の必然
Vol.3 仕事でなく人にマッチングする究極のカタチとは
Vol.4 AI化が推進するマッチング2.0で変わる働くことの意味
Vol.5 AIマッチング時代にヒトはなにをするべきか
Vol.6 非AI領域とAI化の境目にある働くの未来形とは
PROFILE

リクナビNEXT編集長
藤井薫(ふじいかおる)
1988年リクルート入社。以来、人材事業に従事。TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長を歴任。2008年からリクルート経営コンピタンス研究所、14年からリクルートワークス研究所兼務。現在、「はたらくエバンジェリスト」として、変わる労働市場、変わる個人と企業の関係、変わる個人のキャリアについて、多様なテーマ(AI全盛時代の採用戦略、多中心時代のHRM、アントレプレナー・パラレルキャリアの生き方など)を新聞・雑誌、講演で発信中。近著『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。
PROFILE

境目研究家
安田佳生(やすだよしお)
1965年、大阪府生まれ。高校卒業後渡米し、オレゴン州立大学で生物学を専攻。帰国後リクルート社を経て、1990年ワイキューブ設立。2006年に刊行した『千円札は拾うな。』は33万部超のベストセラー。新卒採用コンサルティングなどの人材採用関連を主軸に中小企業向けの経営支援事業を手がけたY-CUBE(ワイキューブ) は2007年に売上高約46億円を計上。しかし、2011年3月30日、東京地裁に民事再生法の適用を申請。その後、境目研究家として活動を続けながら、2014年、中小企業に特化したブランディング会社「BFI」を立ち上げる。経営方針は、採用しない・育成しない・管理しない。